今回は、がんの手術から20年以上経過してから、リンパ浮腫を発症したという小柳ゆみ子さんをお招きしました。突然の大きな変化に戸惑いながらも、自分らしさを失わずに前向きに乗り越えてきた小柳さんに、これまでの経験やリンパ浮腫との向き合い方について語っていただきました。
enStylers:リンパ浮腫とともに、自分らしくstyleをもって生きるひとたち
大切なのは、自分自身が楽しむこと
encyclo Style 編集部(以下、編集部)
小柳さんはブログで自らのリンパ浮腫の体験を発信されたり、リンパ浮腫仲間とヨガサークルを始めるなど、様々な活動を行っていると伺いました。素晴らしい行動力ですね。
小柳ゆみ子(以下、小柳)
基本的にはそれほど積極的なタイプではないのですが、好奇心は強いかもしれません。ブログを始めたのは、パソコンのブログソフトに興味を持ったことがきっかけです。ヨガは、リンパ浮腫のクリニックでひとりの患者さんと知り合ったときに「リンパ浮腫の人のためのヨガサークルをやってみたい」とおっしゃったのを聞いて、「私だったら即参加する!」と思って、彼女がサークルをオープンする時にちょっとお手伝いしただけ。特別なことをするつもりはまったくなく、自分が好きなことを楽しんでいるだけなんです(笑)。
編集部
自分の楽しみだけでなく、リンパ浮腫の患者さん向けの説明会で自身の体験を語るなど、他の患者さんのための活動もされているようですが、きっかけがあったのですか?
小柳
がんの長い治療を乗り越えた後で、HIVの患者さんをサポートするNPOで働いていたのですが、その影響はあるかもしれません。
もともとはがんの術後に、母から「これからは、自分のためだけでなく、人のために生きなさい」と言われて働き始めたのですが、そこでの活動やHIVの患者さんとの触れ合いを通し、自分は何ができるかを自然と考えるようになったような気がします。
実際にNPOで働き始めて、今までどれだけ自分の視野が狭かったかを思い知らされました。最近ではよくダイバーシティ(多様性)という言葉を耳にしますが、多様性を理解したり、受け入れることができるようになったのは、この活動のおかげです。こうした経験を通して、自分の人生観や価値観が大きく変化したことは間違いありません。
人生がひっくりかえった日
編集部
では、改めて、小柳さんがリンパ浮腫を発症された経緯について教えていただけますか?
小柳
きっかけは30年前に子宮頸がんになり、手術をしたことです。当時、上の子は5歳、下の子は1歳で、まだ授乳中にもかかわらず出血があり、生理かしら、おかしいなと思って受診したことで、がんが見つかりました。
編集部
小さなお子さんを抱え、さぞ大変だったと思います。そのときのことを詳しく教えていただけますか?
小柳
当時はまだ、インフォームドコンセントもそれほど盛んでなく、「本人には告知しない」という時代でした。当然、主治医の先生も夫だけにがんの告知をしたのですが、「この人に隠しても、きっと自分で調べて気づいてしまいます。だから、本人に本当のことを伝えてください」と夫が先生に言ってくれたんです。そこで初めて、ステージ3のがんだと知らされました。私の人生がひっくり返った瞬間でした。
編集部
術後しばらくは、リンパ浮腫の症状も出なかったそうですね。
小柳
はい。ずっと何ごともなかったのです。でも、それは、23年後のある日、突然やってきました。数時間正座をした後で、脚に違和感が現れ、2日後くらいに、いきなり腫れてしまいました。今思えば、蜂窩織炎を起こしていたのかもしれません。脚が痛くて痛くて、台所に立つだけでも涙が出るほどの痛みで、すぐに病院に駆け込みました。
編集部
リンパ浮腫についての予備知識はあったのですか?
小柳
がんの手術をした当時は、リンパ浮腫についての事前説明はありませんでした。でも、偶然どこかで本で読んで、リンパ浮腫のことは知ってはいたので、23年経っていても「これがリンパ浮腫だ!」とピンと来ました。
「今」を受け入れ、一歩踏み出す!
編集部
術後20年以上も経過した後に、突然リンパ浮腫を発症することもあるんですね。突然の変化を受け入れることは大変だったのではないでしょうか?
小柳
もちろん、大変でした。特に、リンパ浮腫を発症したことにより、1日の流れが妨げられるシーンが多くなったのは困りました。例えば、急いでいるときでも、時間をかけて弾性ストッキングを履かなければならなかったり、サッとシャワーを浴びたくても弾性ストッキングの脱ぎ履きを考えて躊躇してしまったり……。ショッピングやガーデニング、今まで当たり前にしていた立ち仕事などが辛くなったり。
そして、何よりも、今まで自分なりのこだわりで選んでいた洋服や靴を身につけることができなくなったのはショックでした。しばらくの間は、こうした変化に対して、自分自身に失望したり、イライラすることの連続でしたね。
編集部
穏やかな雰囲気の小柳さんからは想像ができませんが、そのような時期もあったんですね。リンパ浮腫と向き合うために、大切にしていることがあれば教えていただけますか?
小柳
イライラや悲しいことが続いた時には、ちょっと立ち止まって考えるようにしています。リンパ浮腫を持つ自分をマイナスとして考えるのではなく、今の自分がスタートとして考え、そこから何がベター・ベストかを考えるんです。
どんなに嘆いても、病気以前の脚・若い頃の脚には決して戻れないのだから、諦めるのではなく、年齢を重ねて下肢リンパ浮腫のある人が私なんだと自分をそのまま受け止めてあげるようにしています。「今」を受け入れ、一歩踏み出す!
編集部
「今」を受け入れ、一歩踏み出す!名言ですね。
小柳
あとは、リンパ浮腫を知らない人には、たとえ友人にでもきちんと意見を伝えて自分が困らないように行動することも必要だと思います。例えば、真夏の蒸し暑い日にもエアコンをつけないエコ派の人に「エアコンつけてください」とお願いするなど、なるべく我慢せずに自分の状態を理解してもらう努力はするようにしています。弾性ストッキングを履いた状態で汗をかくと、かゆみや湿疹などの肌トラブルへ繋がりやすくなりますから。とは言うものの、なかなか難しいことも多いですけど(笑)。
新しい治療へのチャレンジ
編集部
小柳さんは、外科手術を3回も経験されているんですね。割と回数が多い方だと思うのですが、どのように調べて、最終的にどのように決断されるのですか?
小柳
もともと気になったことはとことん情報収集するタイプなんです。がんの時もそうでしたが、リンパ浮腫を発症したときも、インターネットで国内外の情報を調べまくりました。
当初はリンパ浮腫で有名なクリニックで保存療法も受けていましたが、なかなか思うような効果がなくて。通常リンパ浮腫には痛みは伴わないと聞いていたのですが、私の場合は痛くて痛くて。そこで、外科手術に踏み切ることを決意しました。
編集部
初めての外科手術は、脂肪吸引ですよね。まだ症例の少ない手術を受けることに、戸惑いはなかったですか?
小柳
当時通っていたクリニックの主治医の先生にLVAは不適応だと言われて、仕方なく他の方法を探した結果、脂肪吸引という手術に行きついたというのが正直なところです。LVAが駄目といわれたから諦めるのではなく、それならば自分に適応する外科手術を探せばいいと思って、それはそれは必死に情報収集しました。
私が情報収集好きということは先程お伝えしたとおりですが、同時に、自分に必要なものはピンと来るタイプなんです。脂肪吸引は当時まだ症例の少ない治療法ということは知っていたので悩みはしましたが、納得がいくまで十分に調べた上で、最終的には自分の直感を信じました。
編集部
このときの貴重な体験を、患者さん向けの説明会でお話しされていたんですね。
小柳
もともとは主治医の先生から講演形式で体験談を話してほしいと頼まれたのですが、私は人前で話すことはすごく苦手なんです。でも、HIVのNPOで患者さんの支援を行っていたときの経験から、情報共有の大切さは実感していました。講演形式ではなく、参加者同士が気軽に意見交換できるお茶会スタイルなら、自分らしく体験を語ることができるかもしれないと思い、この形で協力させてもらうことになりました。
私の場合、手術で脚は元どおりのサイズに近くなったものの、大量に吸引したため、術後の痛みとセルフケアがつらくて本当に大変でした。もちろん、術後も毎日の圧迫は欠かせませんでした。説明会では、そうした実体験に基づく、生の情報をできるだけ正直に伝えてきたつもりです。
編集部
手術の成功例だけを医師から説明されるよりも、直接生の情報を交換できる方が患者さんは安心されますね。
小柳
同じ病気で悩まれている方々に自分の経験を率直にお伝えするだけではなく、皆さんからもいろいろ情報をいただいて、かえって私の方が元気をもらい、とても有意義な時間を過ごさせていただきました。少し勇気を出したことで、その向こうに新しい世界が広がり、本当にチャレンジしてよかったと思っています。
私なりの「カッコいい」を求めて
編集部
黒のゆったりとしたロングワンピース、大きなピアス、まとめ髪がとってもお似合いの小柳さんですが、リンパ浮腫発症当初は自分の好きな洋服が着られなくなり、辛い思いをしたと伺いました。この10年間でファッションなどにも変化はありましたか?
小柳
リンパ浮腫になったことで、ファッションは大きく変わりました。
私は若いころから、ストッキングが大嫌いでした。パンプスも素足で履きたいタイプで……。ですから、「弾性ストッキングを一生履き続けなければならない」ということは、かなり抵抗がありました。
今はファッションも多様性がありますが、当時は流行に合わせることが大事で、タイトな服が流行れば、みんな同じスタイルをしていた時代です。ぴっちりしたデニムも履けない、素足もダメ、かわいい靴もダメ……。
でも、そこで頭を切り替え、「ダメならば、そこをスタートにすればいい」と思うようにしました。そして、「この脚なら、何がかわいいだろう?」「何がカッコいいだろう?」と考えるようになりました。
編集部
まさに発想の転換ですね。そのような考え方ができるようになったのは、いつ頃からですか?
小柳
リンパ浮腫がいつか治るなら、それまで待っていることもできます。でも、これ以上よくならないと分かったとき、グズグズいっていても仕方ない、すぐに発想転換しなければ、時間がもったいないと気づいたのです。もちろん、治らないからといって、「もういいや」と投げ出すわけではありません。よれよれの格好をした自分になるのだけは、絶対に嫌ですから。
編集部
「今」を受け入れ、一歩踏み出す!ですね?
小柳
はい。これは私がリンパ浮腫と共に生きるうえで、とても大切にしている考え方です。
編集部
「今」を受け入れると腹を決めたら、そこを起点に、今度は最善の方法を考えるわけですね。そうした強さはどこから来るのでしょうか?
小柳
本当の私は泣き虫で、一人でグズグズしていることも多かったのです。でも、ある時インターネットで出会った写真集『Impressed by you(インプレスト バイ ユー)(発行元:Netherlands Network for Lymphoedema and Lipoedema Patients (NL Net) 2015年)』が私に大きな勇気を与えてくれました。
28人のリンパ浮腫、脂肪性浮腫の方を紹介するオランダの写真集。
これは、28人のリンパ浮腫、脂肪性浮腫の方を紹介するオランダで発行された写真集です。この写真集を初めて見たときは衝撃的でした。弾性着衣を着て堂々とカメラの前に立つ28人の姿には感動さえ覚えました。
これまでは弾性着衣を隠そうとしてばかりでしたが、着ていることが決して恥ずかしいことではないと初めて思えたんです。これは、リンパ浮腫に対する自分の価値観を変えるきっかけになりました。今でも自分が落ち込んだときなどは、この写真集を開いて、元気や勇気をもらっています。
開くたびに、いつも元気と勇気をもらえる私の宝物。
編集部
写真集と出会ってから、自分の行動に変化はありました?
小柳
昔は絶対に履くことができなかった、膝丈のスカートを履けるようになりました。もちろん弾性ストッキングを露骨に見られるのは、気持ちの良いことではありませんが、以前よりも抵抗はなくなりました。弾性ストッキングがもっともっと進化してカッコよくなってくれることを祈っています。「新しいカッコいい」をみんなでどんどん創っていけたら、嬉しいです!
新しい価値観との出会い
編集部
リンパ浮腫を受け入れたことで、それまで守ってきた自分のスタイルから一歩抜け出し、様々な価値観を受け入れられるようになったのかもしれませんね。
小柳
確かに、好きなもの、自分に合うものを、積極的に見つけにいくようになりましたね。家にいるときに脚を挙げておくためのオットマンは、気に入ったものがなかなか見つからなかったので、椅子作り教室に行き自分で作ってみました。ハンドメイドだと、愛着も沸きますし、おうち時間が少し楽しくなりました。
手作りのオットマンは、ハンドメイドとは思えない完成度!
編集部
とても器用なんですね。ほかにもお気に入りのものはありますか?
小柳
いえいえ。編み物や刺繍は得意ではなくて(笑)。そのかわり、インドで購入した、刺繍がちりばめられた素敵なフラットシューズが、大のお気に入りです。今まで自分の足に合うバレエシューズ探しには苦労しましたが、これはカッティングが絶妙で、弾性ストッキングを履いても甲に当たらないんです。そして、バレエシューズには珍しく、クッション性のあるインソールなので、履いていても疲れにくいのがポイントです。インソールまで美しい刺繡が施されている丁寧な作りも気に入っていて、先日ネットで再注文してしまいました。
リンパ浮腫の友人と行ったインド旅行で見つけた、お気に入りシューズ。
編集部
最初の一足は、実際にインドに行って購入されたんですか?
小柳
はい、インド在住のリンパ浮腫の友人宅を、同じくリンパ浮腫の友人2人と共に訪ねました。リンパ浮腫になると、飛行機に乗るのも、旅行をするのも、勇気が必要です。でも、病気だから、ダメだから、と決めつけず、主治医と相談のもと思い切ってチャレンジしてみると、案外うまくできることもたくさんあって、インド旅行にも挑戦して素敵なシューズに出会うことができました。もし、チャレンジを躊躇している方がいらっしゃったら、私は、自分の経験を踏まえて、こう言いたいと思います。「行動範囲を自分自身で狭めないでください」と。
「一歩踏み出す勇気」を持って
編集部
ほかにも、同じ病気で悩んでいる方へメッセージがあればお願いします。
小柳
リンパ浮腫は治療が大事、特に早期治療が何よりも大切だと思っています。ですから、受診するかどうか悩んでいる方がいたら、なるべく早く専門医を訪ねていただきたいです。そして、もし、「リンパ浮腫」と診断されても、自分らしく生きることを決して諦めないでいただきたいと思います。
泣くのは悪いことではありません。でも、ずっと泣いてはいられないから。これ以上、嘆いてもしょうがないと気づいたら、新しい価値観を見つけに、一歩踏み出す勇気をもって、いろいろなことにチャレンジしてみてください。きっと大丈夫です。だって、私が大丈夫だったのですから(笑)。
編集部
今回は、小柳さんに、がん、そしてリンパ浮腫と歩んできた道のりと、その間にされた数々のチャレンジについて、お話を伺いました。最後に、人生がひっくり返ったあの日を振り返って、今思うことがあれば、お願いできますか。
小柳
過去を振り返れば、「がんになった時に死んでしまえばよかった」と考えたことさえあります。でも、あの写真集と出会い、周囲で支えてくれる人や、同じ悩みを持つたくさんの仲間と出会い、私の価値観は大きく変わりました。病気になる前の脚、若いころの自分には決して戻れないけれど、それを嘆いたり、諦めたりはしたくない……。ありのままの自分を受け止めて、これからも、焦らず、ゆっくり、自分らしく生きていけたらと思っています。
編集部
小柳さん、素敵なお話をありがとうございました。
情報収集が大好きだという小柳さん。国内外の情報にも詳しく、アンテナの高い方だという印象を受けました。溢れる情報の中から、自分に合った良質なものをきちんとキャッチして、取り入れていく前向きな姿勢はぜひ見習いたいと思いました。(編集部)
<文:Emily Nagaoka>